半径3m内の世界

ひたすら食べ物を愛で、考えるブログ

自分との和解の記録

自分のことを失う

少女時代、いや少女時代どころか成人して何年も経つまで自分は所謂「だらしない」と形容される人間だったと思う。学生時代初めて一人暮らしをした部屋は汚部屋にしたし、そのあと引っ越した部屋はそれよりはまともになったとはいえお世辞にも綺麗ではなかった。なによりその頃は夜遊びに夢中で部屋は寝るだけのところであったし、何を使ってどう心地の良い空間を作るかなんて全く考えられなかった。そのあと、他人と住んだときは以前よりかなりマシになって料理も家事もそれなりにやるようにはなれたが、相手の求めていることがわからなくて自分も相手に好かれているかどうかという自意識しかなくなって(だんだん自分らしさがなくなって)フラれた。友人たちは「次は自分らしく言いたいこといえるような人と付き合えるといいね」と言ってくれたが当時の私にはその言いたいことがわからなかった。自分を蔑ろにし過ぎてすっからかんになっていた。こだわりの強い人には信じられない話かも知れないが、食う寝るとこ住むところ、本当にになんでもよくなっていた。

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30手前になって自分のすっからかんさに絶望した。当時は失恋のショックで生きる気力が失われているのだと思っていたがきっとそうではなかった。単に自分が何が好きかもわからなかったし何をしたいかを考えることも感じることもご無沙汰過ぎて出来なかった。結婚とか貯蓄とか同年代の子たちが出来ているようなことよりも、誰かとのことに悩むよりも先に私が和解しなくてはならなかったのは自分だった。何に喜び何が嫌なのか、それにたどり着くまで思っていたよりもずっと長い道だった。何年も放置に放置を重ねられていた自分はとんでもなく拗ねていたのである。

まずは自分のご機嫌を取ることから

冒頭にも書いた通り、私がは自分の事に無頓着で雑で、おまけに他人のためにはお金を使えるけれど自分のために物を買うことは躊躇する女だった。自分との和解の第一歩はQOLを上げることだった。色々試したが贅沢は向いてなかった。元来美味しいものが好きなので高級なお店に行くことは吝かではないが、それがうれしいのは一時的なものだった。美しくもなりたかったからエステやマツエクやネイルなども行った。それは良かった。毎月自分のをケアしてる感じがして嬉しかった。友人と健全な夜遊びもしてみた。それは楽しいけどやっぱり刹那的だった。単にパリピっぽい人が合わなかったのもある笑

やがて友人とあまり出かけなくなった。気が病んでいたとかではない。ただ誰かと関わっていたいがために出かけるのをやめた。我慢して嫌な思いをして人と関わることもやめた。どんな些細なものでも、それがInstagram映えしなくても、Facebookに載せられないものであっても、ブランド物でなくても、高収入じゃなくても。今手元にあるものを享受できなければ、それは薄ら寒く「消費」していくだけだ。消費していくだけなら己も消費されていくだけだ。享受するべきは誰かからもらうものではなかった。

自分を労わるということがどういうことか少しずつ気がついていた。

半径3m内に還る

どうしたって一度、自分の半径3m内に回帰する必要があった。誰かとの飲み会に使うお金でほしいと思ってた化粧品や調理器具を買った。外で遊んでいた時間を家で焼いてみたかったスポンジケーキを焼く時間にした。いつか恋人ができたときに行ってみたいと思ってたお店に一人で行った。仕事も抱えられるキャパを意識的に少なくした。自分が居なければ回らない状況を作らないようなシステムにしたかった。未来への期待をやめた、その代わりに今の生活を丁寧に。まだ見ぬ世界のことより、服を手洗いする時の柔軟剤を真剣に選んだ(お試しパックを吟味した結果、今日やっと決まった)それを心がけて数ヶ月、初めて本当に愛する存在とこれからの人生で出逢うことがあったら話したいことがたくさんあるような生き方をしていたいと思った。

 自分と和解するのに10年かかった。それは今日もまだ続いている。