菓子がないなら下僕になったら?

ひたすら食べ物を愛で、考えるブログ

無理に自分を変えるくらいならパートナーも愛も要らない

 愛されることを目的に出来る人がいる。人生の伴侶を見出すことを目的に出来る人がいる。わたしも恋人がいたらいいのになと思うことはある。誰かの言葉がほしくて誰でもいいからと自分に感情を向けてくれる存在を求めそうになる夜もある。しかしそのために自分を変えろと言われたら言いようのない嫌悪感に襲われる。

愛を継続するために、愛情を調節することも「相手の幸せを継続させてあげるためだよ」と言われたこともある。書いている今も吐き気がしそうだ。

 私の愛に満腹になって離れていくならいけばいい。私からの愛が足りないと拗ねて離れるならそうすればいい。私は愛したいようにだれかを思うだけだ。

正直もううっとうしいんだ。相手の反応や、関係の進展や、好かれた嫌われたで自分の是非を問われるのは(正確には自分が、自分の是非を考えるのは。)

 無理に自分を変えようとしなければ得られないとしたら、パートナーも愛も要らない。