菓子がないなら下僕になったら?

ひたすら食べ物を愛で、考えるブログ

人に何かを伝えるという事は祈りのような行為だと思う

少し前この記事を書いた後にまた少し考えたこと。

毎日毎日他人の心に何かを残して、相手が変わるのを祈るような気持ちで仕事しているけれど、その人に私のしたことが何かを生み出すのはもっとずーっとずーっとあとかもしれないとも思っている。その生まれないかもわからない、生まれても些細なこと過ぎて目に見えない変化かもしれないことを追っている。そういう仕事だと思う。

繰り返し忘れないようにしたいと思う。誰かに何かを伝えることは脅迫ではない。その声が届くのは話した直後ではないかもしれない。話したからといって必ず変化するものではないかもしれない。こちらが望んでいることは相手が望んでいないかもしれない。自分の正しさが相手に伝わるのは背中でしか見せられない。

狙わないということがどんなに可能性を広げるのか。そのことのすごさを体感している。どうにかなろうと狙わないで話せば話すほどそこには仲間のような、戦友のような、話してる相手と自分だけであるようなかけがえのない瞬間が巻き起こる。そしてそのことは狙うよりも遥かに人を親密にさせる。狙うな。仲良くなろうとするな。好かれようとするな。好かれなくても、思い通りにいかなくても幸せな自分であれ。そう思う。