菓子がないなら下僕になったら?

ひたすら食べ物を愛で、考えるブログ

見栄と執着と後悔と悲しみの底の底には自由があった

 
 
わたしは嘘つきだった。
嘘つきというか見栄っ張りだった。
汚いところを隠して隠して、好かれたかった。必要とされたかった。自分以上の何かでないと必要とされないと思っていた。全部見せたら嫌われてしまうと思っていた。お客様に常に嘘ついて、それで得たお金でご飯を食べていた時期もある。わたしが大切なものを失うんじゃないかという恐れをひた隠しながらも、人生でいちばん正直であろうと自分らしくあろうとしたのは、彼と付き合っていた二年間だけだったと思う。
 
誰かに嘘を付くことは自分に嘘を付くことと同じ。自分=他人だから。どんどん自分の本当の気持ちが見栄や建前や恐れや執着に埋れて見えなくなってた。
 

 
出会った全ての人にありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています、と言いたい気持ちになる。
本当に本当にありがとう。たくさんの幸せと私が変わるきっかけをくれてありがとう。たくさん傷つけて辛い思いをさせてしまってごめんなさい。こんなわたしをどうか許してください。愛しています。だからどうか幸せになってください。
 
私はきちんと自分で自分の人生生きられるように頑張っています。経済的にも精神的にも。もう2度と私が大切な人を泣かせてしまわないように。