菓子がないなら下僕になったら?

ひたすら食べ物を愛で、考えるブログ

出勤延期になったよ!!!!

 

 

 

お仕事決まったよ!!!!!

出勤は4月からだよ!!!!

 

最初はもっと早く働けると思っていたからね。えーってなって妙に焦っちゃってね。慌てて短期バイト探したり、Twitterで流れている広告の副業サイト(会員様とメールするだけで80万!みたいな)なんかに登録しちゃったりしてやたら迷惑メール来るようになっちゃったりして(どうしようもなくアホい…)

なんでこんなに働くことに焦るんだろう食うものや寝るところに困るわけでもないこんなに恵まれた状況にいるのに。それはその時まだまだ「仕事が始まれば自分の人生が動く。この感情の行き詰まり感がなくなるんじゃないか」って思ってたんだと思う。仕事が決まるまでは本当に苦しくて函館には自分の居場所がない自分の居場所は札幌だって思い込んでいたんだと思う。というか函館で仕事が決まらなければさっぽ帰れるんじゃないかって思ってたんだよね(その思い込みが就活の困難さをたぐり寄せていたんだと思う。思うこと自体は悪くないんだけどね)

 

結局は現状を認めたい。

その一点に尽きるんだと思う。きっと札幌にいてもこの閉塞感は場所が根本的な問題ではないのがわかっていたんだと思う。友達も仕事も札幌には既にあるからその閉塞感をごまかして生きていくことはできたのだろうけど。。ごまかして生きていくことはすごく得意だった自分、大事な事から逃げ続けていた自分。自分から逃げ続けていたからこそ、大事なものから離れてしまった自分。幸せになる事を自分に禁じていた自分。函館帰ってきて内観して考えてそんな自分にたくさん再会した。どうしようもないな、そりゃうまくいかなかったんだな。って笑ってしまった。とても単純なことだった。自分が幸せになろうとしていなかっただけなんだ。

その心の抵抗はかなり大きかったようで、自分が思い込んでいた「〇〇じゃないと幸せになれない」はあげればわんさか出てきた。彼と恋人でないから…仕事が延期になったから…家の中にずっといるから…楽しいことが考えられないから…函館だから…友達がこっちにいないから…〇〇があるから…昔〇〇してたから…そんな思い込みに雁字搦めになっていた。

 

 

 

そのハンバーグは確かに先代のとは変化しているとこもあったし、私よりも長い年月が先代のハンバーグを食べてきた母親が前の方が好みだという気持ちになるのは全然自然なことだ。それにも関わらず私が「これはこれなりにとっても美味しいんだから今のいいところにフォーカスしようよ!」と憤慨したのはそうだね巨大ブーメランだね

自分の潜在意識はちゃんと「現状にもっとフォーカスしたいよ。今だからあるいいことがもっといっぱいあるよ」ってわかっているんだと思わず笑ってしまった。なんだわかってなくて文句ばっかで勝手に悲観していたのは上っ面の自分だけではないか。

毎日これでよかったこと、いろんなめぐりあわせでうまくいってること書き出したら山のように出てきた(そもそも働かないのに二か月もただ飯食ってぬくぬく生きているだけで相当恵まれている)特に函館戻ってきたから出来た事向き合えたことの大きさたるや、計り知れなくて。札幌にいままだと逃げてそのくせ心配したまま生活していたと比べるとどれだけ平穏だろう。その点においてはなんかもう別れてくれてありがとうとすら思う。

 

Everything is always all right.

幸せになることは今からでもできる。幸せになる事に抵抗も持っているのは自分だけなのだ。1秒先の未来すらわからないのに不安になったり、悪いことが起こると思う必要もないし、それに囚われて今この瞬間幸せを感じてはいけない理由なんてないのだ。今日もバナナはうまいしニート期間なおかげで暴風雪の中外に出なくても住んでるのだ。そして今日も今日とて仮面ライダーを観るのだ。